ロングキス、グッドナイト。
研究室のソファに無防備に転寝している草薙に、落書きしようとして、手を止める。
彼はここ最近満足な睡眠を得られていないらしく、目の下には隈が出来ている。
疲れた、とは一言も言わないのが、意地っ張りだと思う。
講義が終わって、帰ってきてみれば、転寝してるなんてね。
読んでいたのか、もうページが黄ばんだ文庫本がだらしなく、床に落ちている。
少し、眠らせてやろう。

だが、海外の論文を見ていても、君に目線を送ってしまう。
人懐こい顔立ちは、昔と比べたら、幾分か大人になった。
大学生の時に、就職なんかしたくねぇ、なんて漏らしていた君も、立派な社会人になってしまった。
刑事になって、彼は元からの観察眼に磨きをかけた。
だが、どういうわけだか、自分に寄せられる好意に関しては、とても鈍感だ。
恋に関しては的外れな意見を述べ、たまに僕を呆れさせる。

ふっと眼鏡を外し、君の元へ行けば。
安らかな寝息を立てて、寝ている。
ああ。
完全に君に恋をしてしまった。
叶わないから、恋しい。
恋しいからこそ、叶わない。
僕は恋愛が上手い方ではないから、君にどんな言葉、表情で伝えればいいのかも、わからない。
君が来ない日が、味気ないと思う。
君と知り合って、ほんの少し人間味が増したと思わないか?

そっと、屈んで、唇を奪う。
柔らかな唇の感触に、中毒になりかけながら、触れるようなキスが精一杯だ。
もっと、触れてみたい。
もっと、触れていたい。
起きている時にしたら、どんな顔するだろう。
悪い冗談だと思うだろうか。
反応が、思いつかない。
罵られるだろうか。
気味悪がられるだろうか。
君を傷つけようとも、君に触れたいと思うんだよ。
僕は立派な病人だ。
つける薬がない程の。
叶う可能性の無い恋は、僕をひたすらにストレスをもたらす。
僕は苛々しながら、薄荷飴を取り出して、少し舐めて、噛み砕く。
苛々。
頬を指で撫でる。
実は、寝ている間にキスするのは、初めてではない。
大学時代、酔っ払った草薙の、その唇を奪ったことがある。
好奇心だったのだ。
だが、それはじりじりと身を焼いた。
そして、しばらくして、君が他の誰かに笑いかける度に僕は不愉快になった。
君の口から、他の友人の名前が出るたび、なんとなく苛立った。
それが、病なのだと気づいたときには手遅れ。
自覚症状はあったけれど。


「寝てたっ」

バッと起きるなり、色気の無い言葉を発した。
時計を確認して、1時間ほどしか寝ていないことを知ると、草薙は慌てて身支度を整える。

「湯川、そのまた来る。すまん、他の事件があるんだ。年度末だから事件が多くて」
「ああ。気をつけてくれ」
「じゃあ、悪いな」
「ああ、今度は暇なときにでも来ればいい」


研究室のドアを閉めて、うずくまる。
湯川、なんで、キス?
接続詞が思いつかない程、動揺していた。
いや、この年齢になって、キスなんか、別にいいけれども。
相手が、友人―親友になれば、尚更。
だって、湯川、だぞ。
多分、悪戯だ、悪い冗談だ。
そう思いたいのに、実は気づいたのは初めてじゃない。
だから、えっと、これはなんだろうか。
湯川に問い詰めればいいのだが、気まずい。
起きていたんだけど、なんでキスしたんだよとでも、聞けと?
無理な相談だ。
だって、俺は親友でいたいんだ。
ずっと、友達だよなぁ、俺たち。
確認したいのに、出来なくて、もどかしいまま、帝都大学の廊下を走り抜ける。
部下に真っ赤な顔を見られたくないから。

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